私は千葉県船橋市というある程度都会で生まれ育ちました。
そうです。少し前に「ふなっしー」で有名になった「船橋市」。
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「ふなっしー」の名の通り梨の栽培が盛んで、それなりに自然も残っており、
さらに東京まで電車で30分というアクセスの良さ。
コンビニ、スーパー、デパート、ショッピングモール、大型家具店など、何から何までそろってしまうような便利な暮らしやすい街です。
また、昔からの伝統の祭りも残っていたりして、伝統と新しさが共存している街でもあります。


そんな何不自由のない街でぬくぬくと生きてきた私が、現在は新潟県津南町という世界有数の豪雪地帯に住んでいます。
「世界有数」と言うのは、毎年3~4メートルはあたりまえに積もる地域でも、津南町のように人がたくさん住んでいる地域はほとんどないからなのだそうです。

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「なぜそんな便利なところから、なにもない田舎に、それもこんな雪がすごいところに来たの?」

何度この質問をされたかわかりません(笑)


「なぜ?」と言われると、はじめから明確な答えがあったわけではありません。
今考えると、導かれるままにたどり着いたと言った方が的確かもしれません。


3年前、私は東京都内で保育士をしていました。
保育の仕事は体力も精神力も使うけれど、子どもたちとの毎日は楽しくやりがいもあり、心から好きな仕事でした。
ただ段々と、「やらなければならないこと」や「大人がしてあげたいこと」の比重が大きくなり、「子どもの時間」が取れなくなってきたことに疑問を感じ始めていました。


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そんなときに出会ったのが「森のようちえん」という動きでした。

「森のようちえん」については『森のようちえん全国ネットワーク』にて次のように定義されています。
「森のようちえん」とは
 自然体験活動を基軸にした子育て・保育、乳児・幼少期教育の総称
    (森のようちえん全国ネットワークより引用 )
 また、森のようちえんが大切にしていることは

 ~自然はともだち~
  • 自然の中で、子ども、親、保育者が、共に育ちあうこと
  • 自然の営みに合わせるということ
  • 保育や福祉の仕組みを理解し、日本の保育や子育て全体に貢献すること
いっぱい遊ぶ
  • 自然の中で、仲間と遊び、心と体のバランスのとれた発達を促す。
自然を感じる
  • 自然の中でたくさんの不思議と出会い、豊かな感性を育む。
自分で考える
  • 子どもの力を信じ、子ども自身で考え行動できる雰囲気をつくる。
 (森のようちえん全国ネットワークより引用)
  • というものでした。
 自然の中での保育という表面的な部分だけではなく、子どもを信頼しともに歩んでいく保育観に共感し、「森のようちえん」について情報を集めるようになっていました。


そんななか、ネットの広告で、ある専門学校に出会います。
その専門学校との出会いが、雪国との出会いでした。 
その専門学校の名は「国際自然環境アウトドア専門学校」。
新潟県の豪雪地帯、妙高市にある学校でした。

???

なにを学ぶの?

なんかうさんくさい?(笑)

と私もはじめは思っていました。


この専門学校では山岳ガイドを目指す学科やアウトドアスポーツを専攻する学科、環境保全を学ぶ学科など様々な学科があるのですが、私はその中の「研究科自然保育専攻」という学科にビビッときてしまったのです。


この学科は、保育士や幼稚園教諭の免許をすでに持っている人向けの、自然体験や野外活動などを学ぶ学科で、主に森のようちえんでの実習やフィールドワークがカリキュラムの大半を占めていました。


直感的にこれだ!と思ったときは2月の半ば。

3月に東京で開催された学校説明会に参加し、
3月22日に試験を受けました。


それが、入学式の2週間くらい前(笑)


面接に向かう新幹線に飛び乗って、ドキドキしながら真っ白い雪の世界に向かったことを今でも鮮明に覚えています。

合格通知が届いたのがそれから1週間後。
入学式の1週間前でした。


それまで実家から出たことのない私は急いで引っ越し準備をし、家族や友人を驚かせました。

あのときのみんなの反応は面白かったな(笑)


我ながら、あのときはドタバタと決断したなぁと思いますが、それまでほとんど冒険なんてしたことのない人生だったので、たかだか1年くらい冒険してみてもいいかな、
とりあえず行動したいと思う気持ちが強かったのだと思います。


そして知り合いもいない、妙高がどんなところかも知らないまま、飛び込みました。
それが26歳のとき。




私の新潟県との、雪国との出会いは、
なんてことのない
「行きたい学校がそこにあったから」
ただそれだけなのでした。


妙高へ来た当初は、1年経ったら千葉に帰るつもりでしたし、田舎暮らしを目指してもいませんでした。

そんな私が今や、都会に戻ることなんて考えていません。


人生を変えるきっかけなんて、きっとそんなもんなのです。



では妙高での1年が私の人生に何をもたらしたのか。


【雪国なんか楽しそう!と思い始める編】へと続きます。








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