4月から学んでいる
ヒビノケイコさんの講座。

高知れいほくでの合宿が終わった。


その合宿の中で訪れた場所のひとつ、
「むかし暮らしの宿 笹のいえ」


千葉から移住した渡貫さん一家が、
自然の中で自給自足に近い
循環型の暮らしを実践している。


その暮らしは
コンポストトイレであったり、
薪を使ったかまどや五右衛門風呂であったり、


はたまた料理家である奥さんが作るマクロビオティック料理であったり……


そんな前情報だけを聞いていると
「こだわりがあり、徹底しているのだろうな…近寄りがたいな…」
と思ってしまう気持ちも正直あった。



これは恥ずかしいことに
私の完全な偏見でもあるのだけれど、
自給自足的な暮らしを目指しているひとは
こだわりも強く
他の意見と相容れないというイメージが
あったのだ。



でも笹のいえの渡貫さんは違った。

「死ぬまでこうしようとは思っていないし、
こうじゃなきゃいけないとも思っていない。
むかし暮らしと言っているけれど、
スマホも見るし、必要があればガスコンロも使う。
それでいいかなと思っている。
ガスはだめ、ではなくて選択肢できることが大事。」と話していた。



だからといって、彼らのしあわせの軸がなあなあなわけではない。



彼らのいえを「宿」としてオープンにしているのはなぜなのか?

「家族が負担にならない程度に受けている」
「現金収入のひとつとして」


それだけの理由では
腑に落ちなくて、


「それでも現金収入として以外に、
宿として開く思いは別にあるのですか?」
と質問したところ



渡貫さんからの答えははっきりとしていた。


「子どもたちにとって、いいから」



「子どもたちがいろんなバックグラウンドのひとに出会うこと、
話はできなくても雰囲気から伝わることがある。
普通にそんな経験をしようと思ったら、世界中出ていかなくてはいけないけれど、
宿をやっているとみんなが来てくれる。
それは子どもたちにとって、いいことだよね。

もともと、ひとの集まる場所にしたいという思いがあったし、
いろんなひとがかかわって
家が守られるものじゃないかな。

だからうちの釜にはいつもごはんが入っていて、
ごはんはあるからいつでもおいで、
それで家の手伝いをしてくれたら嬉しいし、
子どもの面倒を見てくれたらさらに嬉しい。」




渡貫さんたちのしあわせの軸は
家族がたのしく一緒に暮らすこと。


暮らしやしごとを含めた生き方のまんなかに
「子どもたち」がいる。



そのときそのときの
必要なこと、できることに合わせて
柔軟に変化させていきながらも
ぶれない軸がある。


その軸はとんがって見えるのだけれど、
実は変化に富んでいて
日々かたちを変えながら
強度を上げていくのではないか。


それは
変化することをいけないことだと思っていた私に

変化していいのだと

言ってくれているようだった。



誰かの切り取った枠で
遠くから見ていてはわからないこと、


自分の目で見て、触れてみて
感じることが


自分が知らぬ間に作り上げている枠を
壊してくれる。









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