編集者のわたしが見ている世界と、読者のあなたが見ている世界は違う。


そのギャップを少しでも埋めるために、どうしたらいい?





 


地方に暮らしていると、取材され切り取られる側になることもしばしば。そこでは、「こういうふうに、切り取られるのだな」とズレを感じることもあります。




“「切り取る側」と「切り取られる側」のズレをどう埋めていくのか。”



これは、わたしが編集や執筆をしていくという反対の立場になってみて、迷いの種でした。









例えば、わたしの暮らす津南町は、毎年ニュースに出るくらいの豪雪地。



「雪がこんなに降って、大変だ」という切り取られかたもよくあります。



もちろんそれは事実で、雪は大変なんです。



でも、津南町ではそれが日常なので、東京で大雪が降ったときの混乱はありません。

大変だけれども、それ以上に「恵みや喜び」も感じるからこそ、暮らしているのです。



いいか悪いか、白黒ではなく、いい面もあるし、大変な面もある。




わたしたちは、一筋縄ではいかない複雑な思いを、

行ったり来たりしながら「ここ」で暮らしているのです。




そんな風に、せっかく取材に来ていただいても、

本質的な部分が全く伝わっていないと、悲しい気持ちになる。





わたし含め、地域の方からも、しばしばそんな声を聞いていたので、

「少しでも、そのズレを埋めるヒントはないものか?」と考えていたのです。





そんなときに受講したのが、今年の2月に開催されたヒビノケイコさんの講座「人生と表現の編集術」

編集者の村松美賀子先生が特別講師でした。





「私に向けて書かれているのではないか」


「どこかから、見られている?」


そう思うくらい、私の心に突き刺さる。 

 


「この方は、どうしてこんなにわたしに刺さる文章を書けるのだろう?」




・ヒビノケイコさんのブログ

 ヒビノケイコの日々。人生は自分でデザインする。




ケイコさんはご自身のブログでも、女性の生き方や田舎暮らし、パートナーシップ、子育てなどについて執筆をされています。そのすうっと心に染み込むようであり、ピリッとした冷静さも含む言葉や表現に、私もずっとケイコさんのブログのファンでした。



ちょうど一年半前、結婚を前に、これからの暮らしかた、家族のありかた、女性としての生きかたについて悩んでいたときも、ケイコさんのメルマガにとても励まされていました。




「こんなふうに、文章を届けられる人になりたい」


そう強く思い、昨年の4月からケイコさんの講座に通っていました。






実は一年前にも、ヒビノケイコさんの講座で村松先生とのコラボ講座がありました。




案内に書いてあった


「編集とは、自分なりの視点でものごとをつなぎ、結び合わせ、新たな文脈(
context)を見出すこと」


という村松先生の言葉が、当時地域づくりに携わるなかでわたしが感じていたことを、そのまま文章化してもらえたようで心に残っており、1年越しの受講をとても楽しみにしていました。




 


 

 

わかりやすいことを伝えたいわけではない 



「切り取る側」と「切り取られる側」のズレをどう埋めていくのか。

この課題について村松先生に質問させていただいたら、



「リアリティのあることって伝えにくいんですよね」



と、村松先生がそうおっしゃったのです。




ガーン!と頭を叩かれたような気持ちになりました。




やっぱりそうなんだ……

だからわかりやすい構図で描かれてしまうのは

仕方がないことなのか……


自分が編集するときにも、わかりやすくするべきなんだ……





ですが村松先生はそのあと、こう続けたのです。




「でも、わかりやすくなくていいと思う。その絶妙なニュアンスを伝えるのって、とても難しいけれど、私自身もそこを伝えていかないといけないだろうなと思います。」




「わかりやすいものごとを伝えたいのか」



そう問われたら、違う。
はっきりそう思いました。 









「大変だ」のその裏にあるもの



「ニュアンスが複雑だということは、豊かだということですよね」




村松先生とわたしのやりとりを聞いていヒビノケイコさんが、おっしゃった言葉。




私自身、初めて津南町に来たときに地域の方から

「こっけ雪のすごいところによく来たね」

とよく言われました。



「雪はほんとうにいやだ」

「大変だよ」



そんな声はいやというほど聞きます。



でも3年間そんな地域の人たちと過ごしてきてわかったことは、

「大変だ」と言いながら、

大変なことをコツコツとやってのける

その中でも寄り合って楽しみを作る



春になると芽吹きの美しさに感嘆し、

農作業に忙しくなる夏〜秋は

あんなに雪が降ったことをすっかり忘れて

おいしい恵みをいただく。



そうしてまた冬がやってくると、

「雪はやっぱりやだな〜」と言いながら

農作業ができない代わりに、ゆっくり過ごすことを楽しむ。



自然の変化とともに、私たちの心もちも変化していくのです。



「大変といえば大変だけれど、いいところもある」



それは「どっちなの?」と突っ込まれそうな

とてもわかりにくいこと。



だけど、そんなふうにさまざまな思いを素直に感じ取り、心を動かすということは、とても豊かなこと。




白か黒かではなく、その間のグラデーションがあるということは、多様性があるとも言えます。






「切り取る側」と「切り取られる側」のズレを埋めるのは、読者


「読者も鍛えられるべきなんですよね。」 


村松先生はそうおっしゃった。



「切り取る側」がわかりやすい方向に持っていきやすいのは、

それを求めている人がいるからだろう。



そう考えると、読者が変わらない限り、ズレは解消されない。




自分が読者の場合、どうだったか?



わかりやすい情報を拾って、世界を知ったつもりになっていたのではないか。


そうではなくて、ものごとの表も裏も踏まえた上で情報を受け取っていけるか。




編集者の腕を磨くことももちろん必要だけど、

読者を鍛えることも同じくらい必要なんだ。




複雑なニュアンスを伝えたいのなら、

なおさら自分がそういう読者であろう。



メディアからの切り取られた情報を、そのまま受け取るのではなく、
「編集」が入っていることを踏まえ、私はどう受け取るか。


背景に思いを巡らせる感性を、忘れずに。







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*現在、雪国の暮らしを学ぶ場、Classic Labを準備中。 

   ClassicLabについては、こちらをごらんください。  





 






















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