いよいよ、Classic Labの拠点となる古民家を直しはじめました。



まずはメインスペースになる玄関〜居間が
どどーん!と土間に変身中です。
 
 




畳をはがし、床板をはがし・・・
現れたのは



囲炉裏と
囲むようにある4つの穴


さらに少し離れた箇所にも
大きな穴がありました。




聞くと、
昔は冬になるとサツマイモをこの穴に入れて保存しておいたそうです。


 
サツマイモは 寒さに弱いので、
囲炉裏の周りの温かいところに
保管していたのだそうです。




はじめに穴が出てきて、
このお話を聞いたときには


「すごい!昔の人の知恵も詰まっていて面白いし、現代でも使えるので穴は残しておこう!」
と思っていました。




しかし、床板をはがしていくにつれ、
どうやら穴は一つではないらしく、
全部で5つも立派な穴が開いていたのです。



あ、穴だらけ……





さすがに、これを全部残すのは、
使い勝手もデザインもイマイチ。




悩んだ末、結局大きな穴を一つだけ残すことにして
他の4つの穴は塞いでしまいました。





「あるもの、生かす」をコンセプトとしているのに、
「あるものを無くしていいのだろうか」


そんな思いもよぎりました。



でも、これで良かったと思っています。







「あるものいっぱい」という落とし穴


これは地域作りの場面でも、同じことが言えると思います。


私自身も移住当初はそうでした。



地域の中にあるものを探すと、
あれも、これも、たくさん魅力的なものはあるのです。

わかりやすいもので言えば、
お米、野菜、棚田、星空、雪、水……

同じようなものはどんどん出てくると思います。



では、それらが全て魅力だから、全部を詰め込んで何かをしよう!



と考えると、途端に難しくなるなぁと思うのです。



結局何を伝えたいのかわからなくなるからです。



そして、一人で全部をフォローするには限界もあります。



「たくさん魅力はあるけれど、自分はこれを真ん中にしてやりたい!
そこにはこういう理由があるから。」



結局光っているものやことには、これがある。
周りの事例を見ていて、そう思うようになりました。






残したいのは、知恵や文化そのものではなく、先人たちの生きざま


 私が、なぜ芋穴を1つだけ残して、他4つは埋めてしまったのか。


「芋穴」という知恵は、冬に食糧が取れなくなる豪雪地での暮らしの工夫で、生かしたいものです。

ですが、実際にいま暮らす家として、人が集う場所としてスペースを広く使いたいと思ったときに、
5つとも残しておくと使いづらいなと思ったのです。



全部を全部残さなくても、たとえ形が少し変わっていたとしても、
表面的なものではなく、本質的なもの・考え方が残っていることが大事なのではないかと私は思っています。


そして私たちのいまの暮らしのリアルはここにある。


知恵や文化は、先人たちが工夫して作ってきたものです。

私はその、先人たちの生きざまやありように惹かれています。

今を生きる私たちが、先人たちの知恵や文化をそのまま再現するのは、先人たちの本質的な生き方をわかっていないようにも思います。

先人たちがそうしたように、
私も知恵をしぼり、工夫して暮らしを作っていきたい。


雪国の知恵のエッセンスを残しながら、心地よい暮らし、いまにフィットした形で
家も整えていきたいなと思います。
 







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